虐殺のメインカルチャーは、ドキュメンタリーでしょうか。殺した方だったり、家族を殺された方だったりのドキュメンタリー。最近では、リアルタイムでYouTubeとかもあるかもしれません。
いずれにしても、虐殺の事実に触れた私たちは、「こんなおぞましい惨劇が起きていたことすら知らなかった自分を恥じ」たり、「平和な生活が送れることに感謝し」たり、「私たちにできることはなにかを考え」てみたりするのだけど、結局「こうした悲劇を2度と繰り返さないように、このことを風化させてはならない」などとひとりごちるだけで、それだって別に悪いことではないのだけど、要するに自分の関係ないところで起きた悲劇をコーヒー片手に「鑑賞」してしまったことに恐れ入り、恥じ入るしかなくなってしまうのです。
虐殺メインカルチャーでは、人は最低でも何千人単位で死んでいくし、個人の悲劇にスポットがあたるのは、せいぜい数行、数シーン程度。あまり個人を取り上げすぎると、「そいつだけじゃない」ってことになるので、死という悲劇は皆に平等に分配されます。
一方、虐殺のサブカルチャーにおける「虐殺」は、あくまでサブです。虐殺のサブカルチャーは虐殺がサブ。なんか変な感じの文章になってきてすみません。虐殺のサブカルチャーは虐殺がサブなんです。本当なんです。
マイケル・オンダーチェの小説、『アニルの亡霊』は内戦中のスリランカが舞台です。不倫相手をナイフで刺して故郷へ戻ってきた法医学者のアニルがひとつの骸骨の身元を探るというのがメインのストーリーです。骸骨なんてゴロゴロ出てきて当たり前という中でアニルはその骸骨に「水夫」というニックネーム(!)までつけて、誰も気にかけない「ひとつの死」に徹底的にこだわり続けます。道中、いろんな変な人が出てきます。盲目の隠遁者、アル中の天才絵師・・・みんな戦争に疲れておかしくなってしまったのかもしれない。オンダーチェの書く人が独特なだけかもしれない。この小説で私たちは、「戦争は悲惨、虐殺は悲惨」ということを、死者の数ではなく、骸骨の上に粘土を盛って修復された人の表情で知ることになるのです。なんだか変な話です。総じて変な話です。わき上がってくるのは正義感でもなく、倫理的な憤りでもなく、なにかこう、やるせない感覚。やるせない・・・
アニルの亡霊
著者:マイケル オンダーチェ
販売元:新潮社
発売日:2001-10-31
おすすめ度:
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詩人からスタートしたオンダーチェの文体はこれでもかというほど詩的で、けっこう翻弄されます。あの「やるせない感」は、こうした言葉でないと出せないのではないかとも思いました。ちょっと本題からそれますが、詩の読み方がわからん!という人は、オンダーチェを読むといいのではないかと思います。
もうひとつ、おすすめしたいのがエイミー・ブルームの『リリアン』。家族を虐殺で失った若い娘さんのお話です。前半、虐殺の悲劇はリリアンにとっては苦いけれども過去の出来事であり、性的にやや奔放かつ無邪気かつ打算的なリリアンのいびつな恋物語が繰り広げられます。映画化するなら『アメリ』を演じたの女優さんにでもお願いしたい感じです。
ところが中盤にさしかかって、過去だったはずの家族が生きているかもしれない、との、それも非常に信頼度の低い情報に、リリアンは人生のすべてを捧げてしまうのです。物語はこの辺りから一転、逆・母を訪ねて三千里みたいな壮絶な展開をみせます。映画化するならシガニーウィーバー(若い頃の)かリンダハミルトン(もちろん若い頃の)にでもお願いしたい感じになってきます。先述した『アニルの亡霊』が、詩的で心理的な描写で私たちの心を揺さぶるのとは対照的に、『リリアン』では極端なまでにフィジカルな描写ー「寒い」「腹減った」「痛い」などーが、力ずくで、私たちの心を鷲づかみにします。疲れ果てた私たちがたどり着くのは、いちおう平安だったりするのですが、リリアンも、読んでいる私たちも、ハッピーエンドなんだかバッドエンドなんだかわからないくらい疲れ果ているので、もうそこに落ち着くしかない。それでも読後は不思議とスッキリとしたものです。虐殺という悲劇があって、そのせいで人生がおかしくなってしまったにもかかわらず、なにかこう、リリアンは虐殺に人生を乗っ取られなかった、リリアンの人生を生きたという、爽快感があります。
リリアン (新潮クレスト・ブックス)
著者:エイミー ブルーム
販売元:新潮社
発売日:2009-06
おすすめ度:
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こうした小説は、書く方も読む方も「あの悲劇を風化させないために」的なミッションが中心にあるわけではないので、どういう政治的背景のもと、どういう戦争が起きて、何人が死んだとかそういう記述はありませんが、私たちとは関係ないところで起こったことを想像するには、歴史的事実以上に力があるのではないかと思います。
そう、想像する。歴史はねつ造されるものであって、信じちゃいけないとかいいますが、仮に正しい歴史があったとして、それを知るだけでも、なにか足りない気がします。人道的、倫理的にアンタッチャブルな事象を前にすると、どうも私たちは思考停止に陥るらしい。「知る」を補完するものとして、「想像する」っていうことがあって、それは文学が担う部分なのじゃないかな、と思うわけです。
『アニルの亡霊』を書いたオンダーチェは、政治的な姿勢が足りん的な批判を受けたそうですが、それでいいんだと思います。
いずれにしても、虐殺の事実に触れた私たちは、「こんなおぞましい惨劇が起きていたことすら知らなかった自分を恥じ」たり、「平和な生活が送れることに感謝し」たり、「私たちにできることはなにかを考え」てみたりするのだけど、結局「こうした悲劇を2度と繰り返さないように、このことを風化させてはならない」などとひとりごちるだけで、それだって別に悪いことではないのだけど、要するに自分の関係ないところで起きた悲劇をコーヒー片手に「鑑賞」してしまったことに恐れ入り、恥じ入るしかなくなってしまうのです。
虐殺メインカルチャーでは、人は最低でも何千人単位で死んでいくし、個人の悲劇にスポットがあたるのは、せいぜい数行、数シーン程度。あまり個人を取り上げすぎると、「そいつだけじゃない」ってことになるので、死という悲劇は皆に平等に分配されます。
一方、虐殺のサブカルチャーにおける「虐殺」は、あくまでサブです。虐殺のサブカルチャーは虐殺がサブ。なんか変な感じの文章になってきてすみません。虐殺のサブカルチャーは虐殺がサブなんです。本当なんです。
マイケル・オンダーチェの小説、『アニルの亡霊』は内戦中のスリランカが舞台です。不倫相手をナイフで刺して故郷へ戻ってきた法医学者のアニルがひとつの骸骨の身元を探るというのがメインのストーリーです。骸骨なんてゴロゴロ出てきて当たり前という中でアニルはその骸骨に「水夫」というニックネーム(!)までつけて、誰も気にかけない「ひとつの死」に徹底的にこだわり続けます。道中、いろんな変な人が出てきます。盲目の隠遁者、アル中の天才絵師・・・みんな戦争に疲れておかしくなってしまったのかもしれない。オンダーチェの書く人が独特なだけかもしれない。この小説で私たちは、「戦争は悲惨、虐殺は悲惨」ということを、死者の数ではなく、骸骨の上に粘土を盛って修復された人の表情で知ることになるのです。なんだか変な話です。総じて変な話です。わき上がってくるのは正義感でもなく、倫理的な憤りでもなく、なにかこう、やるせない感覚。やるせない・・・
アニルの亡霊著者:マイケル オンダーチェ
販売元:新潮社
発売日:2001-10-31
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詩人からスタートしたオンダーチェの文体はこれでもかというほど詩的で、けっこう翻弄されます。あの「やるせない感」は、こうした言葉でないと出せないのではないかとも思いました。ちょっと本題からそれますが、詩の読み方がわからん!という人は、オンダーチェを読むといいのではないかと思います。
もうひとつ、おすすめしたいのがエイミー・ブルームの『リリアン』。家族を虐殺で失った若い娘さんのお話です。前半、虐殺の悲劇はリリアンにとっては苦いけれども過去の出来事であり、性的にやや奔放かつ無邪気かつ打算的なリリアンのいびつな恋物語が繰り広げられます。映画化するなら『アメリ』を演じたの女優さんにでもお願いしたい感じです。
ところが中盤にさしかかって、過去だったはずの家族が生きているかもしれない、との、それも非常に信頼度の低い情報に、リリアンは人生のすべてを捧げてしまうのです。物語はこの辺りから一転、逆・母を訪ねて三千里みたいな壮絶な展開をみせます。映画化するならシガニーウィーバー(若い頃の)かリンダハミルトン(もちろん若い頃の)にでもお願いしたい感じになってきます。先述した『アニルの亡霊』が、詩的で心理的な描写で私たちの心を揺さぶるのとは対照的に、『リリアン』では極端なまでにフィジカルな描写ー「寒い」「腹減った」「痛い」などーが、力ずくで、私たちの心を鷲づかみにします。疲れ果てた私たちがたどり着くのは、いちおう平安だったりするのですが、リリアンも、読んでいる私たちも、ハッピーエンドなんだかバッドエンドなんだかわからないくらい疲れ果ているので、もうそこに落ち着くしかない。それでも読後は不思議とスッキリとしたものです。虐殺という悲劇があって、そのせいで人生がおかしくなってしまったにもかかわらず、なにかこう、リリアンは虐殺に人生を乗っ取られなかった、リリアンの人生を生きたという、爽快感があります。
リリアン (新潮クレスト・ブックス)著者:エイミー ブルーム
販売元:新潮社
発売日:2009-06
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こうした小説は、書く方も読む方も「あの悲劇を風化させないために」的なミッションが中心にあるわけではないので、どういう政治的背景のもと、どういう戦争が起きて、何人が死んだとかそういう記述はありませんが、私たちとは関係ないところで起こったことを想像するには、歴史的事実以上に力があるのではないかと思います。
そう、想像する。歴史はねつ造されるものであって、信じちゃいけないとかいいますが、仮に正しい歴史があったとして、それを知るだけでも、なにか足りない気がします。人道的、倫理的にアンタッチャブルな事象を前にすると、どうも私たちは思考停止に陥るらしい。「知る」を補完するものとして、「想像する」っていうことがあって、それは文学が担う部分なのじゃないかな、と思うわけです。
『アニルの亡霊』を書いたオンダーチェは、政治的な姿勢が足りん的な批判を受けたそうですが、それでいいんだと思います。

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